この記事は、6歳未満の「幼少期」と呼ばれる時期と、それ以上の年齢になった「児童期」、「大人」の時期で人間が得意な勉強のスタイルは異なってくるという話についての記事です。
まず、大前提として言っておきたいことは、これらにはもちろん個人差が存在するということです。必ずこの通りに脳が発達するわけでもないし、あなたにこのことが必ず当てはまるわけでもありません。この点に留意して、あくまで一般論であることを踏まえていただければなと思います。

今日は一般論として話していくよ。
「暗記」や「理解」と脳の関係
まず、この話題を話すにあたって、そもそも「暗記」や「理解」はどのような脳の領域が司っている機能であるかを、下調べをしました。その結果、大まかにいえば、
暗記と理解は、別々の脳で完全分離しているわけではなく、主に海馬と前頭前野の協働で成り立つ
という旨の記載がありました。
ざっくりといえば、「海馬」が記憶を司る脳の部位、「前頭前野」が論理的思考を司る脳の部位であると言えそうです。
「幼児期」の脳特性
このことを踏まえてまず、「幼児期」についてみてみます。
いわゆる「赤ちゃん」と呼ばれる人たちのことです。この年代の人たちは明らかに「理解」よりも「暗記」が得意であることが直感的にもわかるでしょう。というのも、この時期の人間は見たものや聞いたものをそのまま頭に入れる節があることはみなさんご存じの通りです。
そもそも「言語」を習得していない段階であるので、「言葉」を介した抽象的な思考などが原理上不可能である以上、この年代で「理解」をしようとすれば、ある特定のパターンを直感的に認識することなどがこれにあたるのでしょう。

積み木ボックスにある三角△の穴に入るのは、三角△の積み木だと分かったりすることとかかな。「穴が△だから△の積み木が入る」と文字、言葉でいきなり説明されても赤さんはわからない。見た感じとか直感で判断しているのだろう。
また、この年代は外部からの大量の入力情報を拾い、その中から特定の規則を見出す能力に長けている時期でもあります。
私たちが「言語学習」をする際、一般的には話始めるよりも前に「文法」という概念を学ぶことがほとんどですが、「赤ちゃん」の時期はこの抽象的なルールを、大量のインプットから無意識のうちに認識することが得意です。
なので、わたしたちが中学生や高校生以降になってからであれば、基本的にこの能力がこの時期よりも退化していると考えられるために、そうであればこの時期に得意な「抽象的な概念を理解する」を用いるといった意味で、「文法」を学ぶのです。そちらの方が効率がいいからです。要するに、この時期は「暗記」することの方が「理解すること」に比べて得意であるということです。説明したことをバンバンバンバン理解して、その知恵を出力し続ける赤ちゃんがいたら怖いでしょう。こういうことです。

よく神童エピソードで「赤ちゃん」のときにはすでに「○○」ができた、のようなものがありますが、これは「前頭前野(論理的思考力)」が他の子供よりも発達が速い際などに起こる兆候であるとも理解できるでしょう。
「児童期」の脳特性
次に「児童期」というものを挟みます。6歳から12歳程度の年齢を想像していただければよいです。要は、小学校に収容されている時期のことですね。6歳で小学一年生、小学四年生10歳のときに1/2成人式を多くの人が迎え、12歳になったときに小学六年生となるわけです。
話の流れ的になんとなくわかるかと思いますが、この時期は「理解」と「暗記」のバランスが取れている時代と表現してよいと思います。「幼児期」ほど「理解」するための領域である「前頭前野」が発達していないわけでもないし、「大人」ほど抽象概念を理解するのが得意でもないといった時期のことです。
この時期の強みとしては、この両輪性にあるでしょう。例えば私たちは小学生の時に「1+1=2」と習います。しかし、「+」や「=」の定義などを厳密に学ぶわけではありません。ここから発展して「5+6=11」などの計算についても学びますが、これは「1+1=2」というシステムを模倣しているのに過ぎないのであって、”まったく何も算数を知らない小学生”が「1+1=2」と教えられた直後に「5+6=?」という問題を出されれば恐らく答えることが出来ないでしょう。結局はシステム自体を模倣していたり、過去に行った計算結果を無意識のなかで記憶しているだけで「定義から解答を導く」といった思考をできる人数はまだまだ少ないであろうことを示しています。

「1台の車が、右と左にあったら合計はいくつかな?2台だね!だから1+1=2なんだよ!」という類の例え話は有名ですが、これは粘土が1つずつ両手にあり、それを混ぜたときに説明がつかなくなるという意味で不十分です。なぜなら足し算は、物質の性質によって、その定義が揺るがされるべきものではないからです。この意味で、小学生に「足し算」といった抽象概念を初学の段階で理解させるのにはかなり無理があるのです。
他に例を挙げれば例えば中学受験。「理科」の科目を取り上げればこの小学生たちは「花の名前」や「昆虫の名前」などを画像や写真から答える訓練をさせられます。要は丸暗記以外の何物でもありません。
そしてこれが実際に模試や受験などで出題され、覚えてさえいれば解くことが出来るという評価基準を設けられることになります。「幼児期」が記憶特化、「大人」が理解特化と単純に考えれば、この度合いは年齢によってグラデーション的に変化する、ととらえれば、中学受験は早いうちから塾に通わせていた子供の方が良い学校に行くというのは当たり前のことのように思います。なぜなら「記憶特化」の時期に近いうちに「暗記」を済ませている子供の方が、小学5年生や6年生になってから「暗記」をし始める子供たちよりも、時間の面でも脳の疲労の面でも有利であるからです。
また、こと「算数」についても似たような節があります。たとえば、よく「こんな難しい算数の問題を小学生が解くのか!」といった類のYouTubeや記事などが多発することはよくありますが、これがまさにこのことを示しています。
どういうことかといえば、中学受験ではある種、解法のパターンのようなものを丸暗記させられます。例えば、走った距離の問題が出てきたら図を描いて、や、時計算であれば「短針のスピードと長針のスピードは○○と覚えておきなさい」といった具合にです。これは一種の例ですが、このように大量の問題演習に対して、その解法パターンをある種1対1のような感覚で覚えさせられるのです。
なのでそこに理論は存在しないし理解も存在しません(※もちろん極端にいえばです。)。そのようなことをできるほど脳が発達している子供はそもそも少ないし、それをやらせるだけの勉強時間を確保することのできる小学生も、その体力面から見ても、まず少数であるからです。だからまず覚えさせて、理論で補助を入れるといった姿勢をとるわけです。
ここに「中学受験の難しさ」のようなものが詰まっているわけです。なぜなら受験の際に問題を解くとき、それを解くことが出来るかどうかは直感にかかっているからです。問題を見て、直感的に解法を取り出し、それが正しい判断であれば正解、違うものを取り出してしまったら不正解、という構造です。これは高校受験や大学受験と大きく異なる点であり、これが、中学受験を経験していない大人が、その問題を見たときに、小学生はこんなものをどうやって解くんだ、となる主たる原因です。
さて、これは中学受験の話にとどまりません。例えば、小学生5年生や6年生の段階で日本地図を覚えさせるのにも、このような話が関係しているでしょう。大人になってから47個の都道府県を丸暗記するよりもこの時期に覚えてしまった方が、多くの人間にとっては負担が少ないというわけです。
「大人」の脳特性
さて、ここまで「幼児期」「児童期」「大人」の3段階のうち、前半の2段階について説明をしてきました。次に「大人」の時期についての話ですが、ここまでの文章でいくらかすでに触れた部分もあるので、予想もある程度つくかもしれませんが、「大人」になってから、要は「児童期」以降は基本的に「論理的思考力」が強くなってくる時期となります。
単なる丸暗記をするよりも、「論理構造」を意識することが出来るようになっているので、小学生までの内容を大きく飛躍していけるというわけです。その意味で、「理解能力」は文明を発達させてきた人類の発明の一つといえるかもしれません。主たる例が数学です。「定義」といった数学の世界を展開していくための下地を塗りさえすれば、自分でそこからの論理を自分の脳力としてもっている「論理的思考力」を用いることができれば、初見の問題であっても、解法を導き出していくことが出来るということです。
この点が強烈に「中学受験」の勉強法と異なる点です。「中学受験」を経験した小学生が中学に入ってからの勉強に違和感を覚えたり、今までやってきた方法と違うかも、と認識するのは、ここが原因でしょう。いままでは「解法」というものを先生から渡されてきました。いわゆる問題を解くための武器のようなものです。下地は不要でした。そして問題を見たときに、この問題にもっとも相性がよさそうな武器をなんとなく取り出してくるだけでよかったのです。しかし、中学、高校の勉強は違います。なんとなく取り出した武器では間違ってしまうのです。また、それが間違った理由についても言語化されることになります。そして、その武器を用いる理由についてもある程度理論的に説明することが出来るのです(もちろんすべての問題に対してこれが適応されるとは言いませんが)。
中学受験を経験した子供の中には、とんでもない式変形をする生徒がたまにいますが、それは完全にこのあたりの弊害でしょう。例えば、関数\(f(a+b+c)\)というものがあったときに、平気な顔をして\(f(a+b+c)=f(a)+f(b)+f(c)\)とイコールで結ぶみたいなことをしている生徒がいればそれは要注意ということになります。中学受験までの感覚が抜けておらず、「論理的思考」が一切できていないことを意味するからです。
まとめ
以下、まとめです。
一般論として、
- 「幼児期」は「暗記」が得意
- 「大人」は「理論」が得意
- 「児童機」はその中間
お読みいただきありがとうございました。


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